新一万円札の顔、渋沢栄一ってどんな人?

こんにちは。ニクです。

2024年に紙幣のデザインが変わります。
1万円札には渋沢栄一5千円札には津田梅子千円札には北里柴三郎が採用されました。

ここで疑問です。渋沢栄一って誰?
皆さん、しっていますか?

渋沢栄一とは?

第一国立銀行や東京証券取引所といった企業の設立・運営に携わり、「日本資本主義の父」といわれた実業家です。彼が関わった企業の数は生涯で約500を数えるといわれており、どれだけ近代日本に貢献した方か分かりますね。

札幌麦酒醸造所(現・サッポロビール)、帝国劇場、帝国ホテルなどを生み出した大倉喜八郎や、浅野セメント(現・太平洋セメント)を立ち上げた浅野総一郎といった実業家と手を組み、サポートする形でさまざまな業態の運営に係わります。

生涯で500もの企業に関わったわけですから、彼は自身で経営を行わず、自身が有望と思った人物に経営を託す形でした。人を見る目が非常にあったんですね。

生い立ち

天保11年(1840年)2月13日、武蔵国榛沢郡血洗島村(現・埼玉県深谷市血洗島)に渋沢家の長男として誕生します。
渋沢家は藍玉の製造販売と養蚕を兼営し米、麦、野菜の生産も手がける豪農であったため、ただ作物を作る一般的な農家とは異なり経営的なセンスを求められる立場にありました。

徳川家の家臣へ

23歳の頃には尊皇攘夷の思想に目覚め、幕府を倒す計画を立てますが、従兄弟の懸命な説得により断念します。家族に災いが及ばぬよう父から勘当された体で京都に出て、友人の推薦により徳川家15代将軍・徳川慶喜に仕えることになります。

27歳の頃には、徳川慶喜の実弟・徳川昭武に同行し、パリの万国博覧会や欧州各国を視察しました。その時に見た欧州の産業・軍備を見て感銘を受けます。

この後、パリに留学しますが、大政奉還に伴い、1868年には新政府から帰国を命じられました。

実業家の道を進む

帰国後は、新政府からの拝借金返済のために、1869年1月に静岡で商法会所を設立しましたが、大隈重信に説得され、10月には大蔵省に入省することになります。

大蔵官僚として、度量衡の制定や国立銀行条例制定に携わりましたが、予算編成を巡って大久保利通や大隈重信と対立し、1873年に井上馨と共に退官します。

退官後間もなく、官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行(現・みずほ銀行)の頭取に就任します。

第一国立銀行とは、国立銀行条例によって誕生した初めての民間経営の国立銀行で、初めての株式会社とも言われています。宝くじの当選金がみずほ銀行から支払われるのは日本勧業銀行がみずほ銀行の前身であるためです。

それだけにはとどまらず、東京瓦斯、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)、王子製紙、田園都市(現・東京急行電鉄)、秩父セメント(現・太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、麒麟麦酒(現・キリンホールディングス)、サッポロビール(現・サッポロホールディングス)、東洋紡績(現・東洋紡)、大日本製糖、明治製糖、澁澤倉庫など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれています。

「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通し、財閥を作りませんでした。

渋沢氏が財閥を作ろうと思えば簡単にできたことでしょう。いや、日本を牛耳れたでしょう。三井高福・岩崎弥太郎・安田善次郎・住友友純・古河市兵衛・大倉喜八郎・浅野総一郎などの財閥創始者がなんだか小さく見えてきます…(^^;)

ニク

1931年、92歳で死去。

渋沢史料館もあります。気になられた方はこちらからどうぞ。
公益財団法人 渋沢栄一記念財団

渋沢栄一と論語

渋沢栄一と論語は離して語ることはできません。
人生の羅針盤として、死ぬまで手放さなかったのが『論語』でした。

渋沢栄一は下記のように言っています。

「富を成す根源は、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することはできない。」

「事柄に対し如何にせば道理にかなうかをまず考え、しかしてその道理にかなったやり方をすれば国家社会の利益となるかを考え、さらにかくすれば自己のためにもなるかと考える。そう考えてみたとき、もしそれが自己のためにはならぬが、道理にもかない、国家社会をも利益するということなら、余は断然自己を捨てて、道理のあるところに従うつもりである。」

「論語」とは中国の春秋時代に活躍した思想家の孔子の言行などを、数百年後に弟子の系譜によってまとめられた言行録です。

ニク

論語の教えに忠実だった栄一氏は「道徳経済合一説」を唱え続けます。
これは「企業の目的が利潤の追求にあるとしても、その根底には道徳が必要であり、国ないしは人類全体の繁栄に対して責任を持たなければならない」という考えで、社会活動も非常に熱心に行いました。

養育院の院長を務めたほか、東京慈恵会、日本赤十字社などの設立にも携わります。
商業教育にも力を入れ、一橋大学、東京経済大学の設立に協力したほか、女子の教育の必要性を考え、伊藤博文、勝海舟らと女子教育奨励会を設立。日本女子大学、東京女学館の設立に尽力します。

下記は渋沢栄一の「論語と算盤」です。
渋沢氏が徹底した『倫理と利益の両立』。論語は社会的責任、算盤は利潤であり、論語で人格を磨き、資本主義で利益を追求するという理念について書かれた本です。

渋沢栄一氏の人生・生き方・理念…振り返ってみて一言
人格者💛

ニク

▼良かったらクリックお願いしますm(__)m

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA